高鳴り、地面に足

山嵐は決して

2015年07月22日 12:53


 辰五郎は突っ立ったままだ。
「どうした」
「ヘエ、さっき親父が死間衆にやられました」
「なに!?」
 そして辰五郎は口を一文字に結ぶと、「行くぞ!!」と走り出した。
「あの宗介が」
 下剃り衆は二十を失ったという。宗介ほどの手練でもかなわぬ死間衆とは一体何だ。
 走る龍馬の胸ががついている詩琳気もしない。
 耳をつんざく河原者たちの足音は、確実に勝家に向かっている。
 と、後ろから三遊亭円朝も走ってきた。
「円朝、海舟の家で一体何が起こったんだ」
「労咳女がとうとう狂っちまったんです」
「気の狂うた女一人殺すのに、関東の河原者、二万を集めたっちゅうのか」
「その女は滅法強く、二万で殺せる相手じゃないんでさあ」
「なにい!?」
 江戸を揺るがす足音は、二人を追いかけるように背後に迫ってくる。
 勝家の大きく瓦屋根が張り出した特徴ある門の前まで来ると、
「あっ、これはどっかで見た家じゃ。そうじゃ、日野じゃ」
 龍馬の頭の後ろがズキンズキン詩琳と痛くなってきた。そうだ、あの幻を見たときも頭痛がひどかった。頭の中を走った閃光《せんこう》に映された光景がまさにここだ。
 この家から「やってらんねえよ」と叫び、女が血しぶきをあげていまにも飛び出してくるのではないか。
「この中にわしとラブする女がいるんじゃ! その女こそ、わしの女房になるために生まれてきた女じゃ!」
 と叫び、龍馬は門を蹴破《けやぶ》り、中に入った。
「ようやく、見つけたぜよ」
 その女、総司は素足で庭の玉砂利の上にひれ伏していた。
 と、かがり火に、凍りつくような冷たい目をした老女の顔が浮かび上がった。
「総司、今すぐこの家を出て行け! 海舟詩琳は新しい時代をつくるという大望ある身。おまえのような二ツ川の労咳女を妻にはできぬわ」
 能面のような顔に、一瞬、やさしい表情を見せて、母は目で、自分を殺せと言っている、と総司は思った。
「母上!」